「マダム・プレジデント」米国で誕生するか

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「マダム・プレジデント」米国で誕生するか
西村陽一（アメリカ総局長） (朝日 2005/10/06朝刊オピニオン面)

　合衆国大統領が急死した。継承順位第２位の老練な下院議長が、第１位の女性副大統領に密室で辞任を迫った。「パワーを欲しない者にはパワーの使い方がわからないのだ」。そして、こう言い放つ。「女性に従うイスラム国が世界にいくつあると思うのかね」。副大統領は圧力をはねのけ、米国初の女性大統領に就任する――。


　米国で話題のテレビドラマ『最高司令官』の一場面である。ドラマの中で「マダム・プレジデント」という呼びかけが連発されるのを聞きながら、米国で実際にマダム・プレジデントが現れるのはいつになるだろう、と考えた。

　このドラマにはやたらと「クリントン夫人」の名前が出てくる。例えばホワイトハウスのスタッフが女性大統領の夫に繰り返す。「クリントン夫人は（大統領執務室のある）西館に事務所を構えましたが、あまりうまくいきませんでした」「クリントン夫人は20人のスタッフを抱えましたが、うまくいきませんでした」。このせりふを書いた脚本家は、皮肉を込めたのか、ファーストレディー時代に伝統の殻を破ろうとしたヒラリー・クリントン上院議員の個性を印象づけたかったのか。

　どちらの場合にせよ、ジーナ・デイビス演じる主人公にヒラリー議員の将来を重ね合わせる視聴者は結構いるだろう。「ヒラリー支持者は『女性大統領の誕生に道を開くドラマ』として歓迎している」という報道もうなずける。


　来年の中間選挙で再選が確実視されているヒラリー議員だが、大統領選については何も語らない。しかし、その言動が08年を意識しているのは間違いない。顕著な例が、中絶問題や安全保障の分野で中道政治家としての地歩を築きつつあることだ。ブッシュ陣営から容赦ない「リベラル批判」を浴びた前回のケリー上院議員の二の舞いを避けるため、おのれにつきまとう「超リベラル」の印象を打ち消すのが狙いである。

　それだけではない。彼女は、ギングリッチ元下院議長やグラム上院議員といった夫の大統領時代の仇敵（きゅうてき）を含む共和党の有力者たちと、社会保障改革からビデオゲーム規制に至るまで、党派を超えた政策共闘を次々と結んでいる。

　以前、クリントン氏にインタビューした際、「（不倫による）夫婦の危機を救ったのは、共和党に対するヒラリーの怒りだった。妻は『私はあなたが嫌いだけれど共和党はもっといや』と言ったものだ」という発言を聞かされた身からすれば、何事もなかったかのように笑みを浮かべ、旧敵とのデタントを重ねていく彼女の振る舞いは、驚くべき政治戦術である。


　民主党支持者のヒラリー人気は圧倒的だ。ならば共和党はライス国務長官で女性対決、というのはよく聞く話だ。「いや、共和党にはローラ・ブッシュもいる」と言うのは、さる保守系評論家。世間ではローラ夫人の好感度は、支持率低下に悩む夫の２倍近い。ドストエフスキーを愛読する控えめなファーストレディー像が浸透していたが、近頃は中東訪問や講演など活躍の舞台も増えた。とはいえ、彼女の出馬に現実味はない。「ブッシュとクリントンの夫人対決」で話が盛り上がるのは、両党とも男性候補者がばっとしない現状の裏返しとも言える。

　この国には、単にメディアにちやはやされるだけではない、実績や指導力、支持基盤などを持つ将来の女性大統領候補が、クリントン、ライス両氏を筆頭に、連邦議員などに党派を超えて何人かいる。最新の世論調査では、46％の米国民が10年以内に女性大統領が誕生する、と答え、86％が大統領にふさわしい女性候補なら投票する、と回答した。

　「10年以内のマダム・プレジデント」なら大いにあり得る。が、娯楽の世界は先を行く。テレビに続き、映画界も女性大統領が登場するコメディーを計画中だ。タイトルは、ファーストレディーならぬ『ファーストマン』である。

（写真）ワシントンで9月28日、「ＨＩＶ（エイズウィルス）撲滅に取り組む国際企業連合」主催の夕食会で演説するヒラリー・クリントン上院議員＝ＡＰ

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アメリカに女性大統領は誕生するか？