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性見つめ、生の可能性問う
米の思想家、ジュディス・バトラーさんに聞く (朝日 2006/01/25夕刊文化面) フェミニズムのみならず幅広い領域に影響を与えているジュディス・バトラー・米カリフォルニア大バークレー校教授(49)=写真=が来日した。90年に発表した『ジェンダー・トラブル』(竹村和子訳、青土社)で、セックス(生物学的な性)とジェンダー(文化・社会的につくられた性)を分ける従来の考え方に対し、セックスも権力が形成した幻想ではないかと問題提起した批評的思想家である。 (編集委員・由里幸子) 同書では、セックスやジェンダーをめぐる権力の言説によって、アイデンティティーがいかに構築されているかを分析。当たり前と思われていた「自然な男女」「真の主体」という概念に揺さぶりをかけ、反発も含めて国際的な反響を呼んだ。お茶の水女子大で開かれた講演には、外国人や男性の姿も多く、関心の高さを示した。 「法や医学や心理学、政治などの様々な社会的言語や文化では、従来はセックスの決定論、つまリセックスに還元する見方が前提となっていた。生物学や生の科学も例外でない。このような還元論は限定を設けるのです。特に女性の身体については、その『生』自体が見逃されてきた。例えば乳がんや更年期なども、女性の様々な生としては受け止められてこなかった」 さらに現在は、「生の可能性」を念頭に置く必要があると思索を深めている。誰が生きるに値し、誰が値しないと思われるのか。境界はどのように引かれ、それを決定している考え方はどのようなものか。境界を維持するため、どんな社会的装置が使われているか。 「それらを考え、生の可能性を広げる必要がある。これまで押しつけられてきた規範的な人間の生ではなく、ずっと広い生の可能性です。それはアフガニスタンやイラクでの戦争で誰が生きるに値すると思われ、誰が思われないかという問題にも波及し、1945年の広島にも通じます。戦争反対の根拠は、生の序列化という意味においても考えなければならない」 一昨年、『Precarious Life(不確かな生)』と『Undoing Gender(ジェンダーをほどく)』(ともに未訳)を同時出版。前者は生存可能性や追悼可能性を保証するものは何かという戦争の言説などについて考えた。後者はレズビアン/ゲイの婚姻、トランスジェンダーなどにかかわる。 「この2冊は底流で関係する。『生』をいかに従来の限定した見方から解きはなって、それに加えられている暴力に抵抗するかということです」 バトラーさんの理論は、自己の体験から始まっている。男性中心の学問である哲学を学び、疎外感があった。他方で当時のフェミニズムは、女性性に特化した議論が中心で違和感があった。エイズ危機の時には多くの人が亡くなったが、ゲイには恋人の死を公的に悼むことが許されなかった。「同性の関係性も愛も追悼の気持ちも、社会的に『承認』されてはいなかったのです」 同性の「結婚」を認める国も出てきて、米国でも政治の争点になっている。法制化を支持するバトラーさんも、同性のパートナーと暮らすが、実現しても「結婚」という形はとりたくないと語る。「国家の規制に反対し、権利を拡大するとともに、国家からの自由もまた追求すべきだ」と考えるからだ。
by alfayoko2005
| 2006-01-26 10:03
| ジェンダー・セックス
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