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天地人 (東奥日報2006年5月1日(月) )
生誕二百五十年。モーツァルト・イヤーがにぎにぎしい。内外で多彩な催しが続く。夏のザルツブルク音楽祭では、オペラ全二十二曲が初めて一挙上演される。国内ではCD企画なども快調だ。軽やかに疾走する楽音の魅力は、時を超えて生き続ける。 さて、日本で最初に鳴り響いたモーツァルトの音楽は何だったろう。それは「魔笛」の序曲ではないかと、音楽学者の海老沢敏さんが指摘している(小学館「本の窓」五月号)。一八六五(慶応元)年、英国の軍隊が演奏する予告の記事があったそうだ。事実は不明だが、幕末の黒船外交が西方の音も運んだことは十分考えられる。 では、最初にモーツァルトを聴いた日本人は誰か。ロシアに渡った漂流民かも、とはかつて先輩から伺った説だ。例えば大黒屋光太夫はカムチャツカから、はるか帝都ペテルブルグまで行った。そこで彼は女帝エカテリーナに謁見(えっけん)し、帰国を許される。難船から九年、一七九一(寛政三)年のことだ。 宮廷を二度訪れた光太夫は、その模様を後に詳しく語っている(桂川甫(ほしゅう)周著「北槎聞略(ほくさぶんりゃく)」)。燦然(さんぜん)と輝く広間、大勢の役人や侍女たち。そこに楽の音の記事はないが、最初の謁見は皇太孫の誕生日で慶賀の式典があった。当時、モーツァルトの名と音楽は、ロシア宮廷にも知られていたに違いない。とすれば光太夫が聴いた可能性はないか。 その年、くしくも天才は短い生を終えた。魅惑の音を聴きつつ、歴史の見えない糸を気ままに想像してみる。
by alfayoko2005
| 2006-05-13 17:35
| Music
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