カテゴリ
お知らせ トランス LGB(TIQ) HIV/AIDS 米政治 国内政治 ジェンダー・セックス バックラッシュ Books Movies Theatres TV & Radio Music Others Opinions 以前の記事
2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 2006年 05月 2006年 04月 2006年 03月 2006年 02月 2006年 01月 2005年 12月 2005年 11月 2005年 10月 2005年 09月 2005年 08月 2005年 07月 検索
最新のトラックバック
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
レオナルドの眼(4)永遠の謎――解き放たれぬ微笑の呪縛(美の美) (日本経済 2006/07/30朝刊)
レオナルド・ダ・ヴィンチは、後世におそろしい宿題をのこした。五百年来だれにも解けず、新説奇説を生みつづける謎。そう、永遠の微笑である。 「モナ・リザ」には、モデルがいなかった……。 気鋭の研究者、片桐頼継氏(実践女子大教授)の話を聞き、そう考えた。 「長い期間手を入れたから、思いこみが入ったはず。特定の人物を描いた絵ではなくなっていったのでしょう」 肖像画なら依頼者の手に渡らなかったのが、まず不自然。レオナルドは死ぬまで「モナ・リザ」を手放さなかった。何層にも絵の具が塗りかさねられたことがわかっている。制作に何年かけたかわからないが、それでも完成しなかったとみられる。モデルの似姿から出発したとしても、最後には似て非なるものになっていたのではないか。 美術史家の若桑みどり氏も、肖像画ではないと考える一人だ。モデル個人の特徴や家柄を示す家具などが描かれていないのが、おかしいからだ。そのかわり、胸元に組みひも模様だけがある。若桑氏はそこに注目する。 キリスト教以前の欧州では、自然の循環を敏感に感じとるケルト文化が広がっていた。ケルト文化で水の象徴とされた組みひも模様を、レオナルドは独自の図案にしていた。その模様をあえて浮き立たせたとすると、この女性はなにかの象徴だろう、と。 背景も現実の風景ではなかった。レオナルド研究家のアレッサンドロ・ヴェッツォシ氏は、画面上の橋を古都アレッツォのあたりにあるブリアーノ橋と推定した。だが橋のモデルは実在しても、全体の風景は観念の産物だという(『レオナルド・ダ・ヴィンチ』)。風景の中に画家の宇宙観が凝縮されていった、と同氏はみる。 □ ■ 一九八〇年代以降、画面右上の水源を太古の海に見立てたり、風景を地質学研究の成果としたりする研究が欧米で脚光を浴びている。たしかにレオナルドは、手記(「地質と化石」の項)に次のように書いていた。 大地の表面は太古には湖水で覆われていた。ひんぱんな雨が峰をはぎ、岩を削り、海の底を上げて平野を露出させた。地球から水分が失われると、川には水がなくなり、若葉は萌(も)えでず、生き物は死滅する。人類も万策つきて姿を消す。やがて大地は猛烈に膨張し、一抹の灰燼(かいじん)と化すだろう――。 レオナルドは自然研究を積み重ね、ついに地球の運命を確信した。その新奇な説を「モナ・リザ」の背景に描きこんだ。そうした見方を若桑みどり氏が、かねて日本でもとなえていた。 右上の水をたたえた部分、そこが大地のはじまりとなる。右下の橋のあたりで人間の文明が登場する。さらに下方は水も生命もない大地の最終段階。モナ・リザは喪服を着て、お腹も大きい。いわば「生と死を同時にはらむ女」であり、こんな意識とともに微笑する。あなた方はなにも知らないが、この世界は運命の必然によって滅びるのですよ……(『イメージを読む』)。 なんだか砂漠化する地球の彼岸に立つ、水の化身に見えてきた。 レオナルドは、画家を神のような存在だと考えていた。 画家は美を見たいと思えば、それを生みだす主となる。高い峰から広野を見渡し、そのかなたに海を見たいと思えば、その主である。宇宙の中に本質としてあるものをまず脳裏に、次いで手の中に所有する。画家たる者は万能でなければならない――。 「神」の位置に立っていたレオナルドは、いっさい「モナ・リザ」の解題を残さなかった。答えはいつも、見る人の心の中にある。 ![]() 当時の習慣で題名はない。モナ・リザはリザ夫人の意。欧州では夫の姓にちなみ「ラ・ジョコンダ」と呼ばれる。盗難事件でピカソが疑われたり、インクをかけられたり、デュシャンがひげをつけた作を発表したり。事件のたびに有名になる絵画である。 レオナルドの眼(4)永遠の謎――迷妄排した先覚者の問い(美の美) レオナルドがフランスのアンボワーズで臨終をむかえるまで、大切に手元に置いていた絵が三枚残っている。一つは先週掲載した「洗礼者聖ヨハネ」で、残りが「モナ・リザ」とこのページの「聖アンナと聖母子」である。 羊と戯れる幼子イエス。愛息を抱き取ろうとする聖母マリアをその母アンナが見下ろす。「聖アンナと聖母子」には、例によって女か男かわからない人物、アンナが描かれている。 洗礼者ヨハネ、モナ・リザ、アンナ。世界の終わりであり、はじまりでもあるような、どこでもない場所――終末の相を浮かべる画面で、三人が三人とも謎の微笑を浮かべる。しかも両性具有的だ。レオナルドは、男と女を兼ねた人間に世界の始原を見ていたのか。 わかっているのは、性差を超えた三人の微笑が観音のそれに似て、神の域にあるということだけである。とりわけモナ・リザの微笑は、見る者を存在の不安に突き落とす。 「豪華な邸宅の中で突然一陣の寒風にみまわれたように、一瞬寒けをおぼえる」(ケネス・クラーク『レオナルド・ダ・ヴィンチ』第2版) 以来五百年、人類はその呪縛から解き放たれない。 □ ■ レオナルドは映画や小説で魔法使いか何かのように描かれることがある。だが、事実はまったく逆だ。魔法や魔術の妄信に陥ることがもっとも愚劣だ、と考えていた。今日では科学的知見が正しく、宗教的神秘主義はあやしいととられることが多いだろう。だが画家が生きたのは、そのさかさまの時代だったのである。 聖書の記述にさからって、真実を真実として告げることは異端的だった。コペルニクスの地動説がとなえられたのは、レオナルドが死んで二十年ほど後。ガリレオ・ガリレイが監禁されたのは、さらに九十年ほど後のことである。レオナルドの科学的研究には限界があったし、画期的な学説をうちたてたわけでもない。 だが「ノアの洪水」を否定した画家は、その精神において後世の天才に先んじていた。科学の光が射さぬ闇夜に、一人目覚めていたのである。 ――経験は決して誤らない。 ――考えること少なきものはあやまつこと多し。 ――嘘は全くいやしいものであって、それが神の偉大な仕事をたたえるものであれ、神性から優美さを奪う。 ――可哀想に、レオナルドよ、なぜおまえはこんなに苦労するのか。 手記にある言葉だ。 レオナルドは一見冷たく、人を近づけなかったという。美しい瞳の奥はだれにもわからない、泣きも笑いも驚きもしなかったと言われている。 軽く食べ、よく噛(か)み、酒は適度に、腹を立てるな、と書いた。金銭の出入りまで執拗(しつよう)にメモする記録魔だった。記録、記録、記録、だった。 遺言状を作った九日後、息をひきとる。一五一九年五月二日、享年六十七。うすれゆく光の中、その眼をよぎったのは、かの微笑だったのか。 文・内田洋一 ◇ 次回から「人間セザンヌ」を掲載します。 ▼モナ・リザ諸説 フィレンツェ商人の妻がモデルというヴァザーリの記述が一応の定説。だが、今の絵はそれとは別との見方も根強い。高級娼婦、マントヴァ侯妃、ミラノ侯妃など異説が多数あり、自画像説もある。 十九世紀には危険な魅力をもつ「ファム・ファタル(宿命の女)」ととらえられ、夏目漱石も同様の解釈で「行人」に引用した。ワイルドら世紀末作家は「両性具有」の象徴とみた。吸血鬼に見立てられたこともある。 よく知られた「時に対する徳の勝利」は有力な説。微笑を「天国の門」と考える研究者もいる。 ![]() (1502―13年ごろ、板に油彩、168.5×130センチ、パリ、ルーヴル美術館蔵) 精神分析学の祖フロイトはこの絵をもとに同性愛論を書いた。マリアの下半身を覆う衣は「禿鷹」のかたちであり、それは画家の幼児体験を反映すると分析したが、今では誤りとされている。背景は「遠くから眺めた惑星の世界という感じがはっきりと表現されている」(ケネス・クラーク氏)。 ![]() (1490年、羽ペン、インク、金属筆、水彩、34.4×24.5センチ、ヴェネツィア、アカデミア美術館蔵) ウィトウィルスは古代ローマ時代の建築家・技師で、完全な人体のプロポーションを研究した。円と正方形から成る幾何学図形に収まるとした。レオナルドは二つの体を重ねることで、その誤りを図示した。 「美の巨人たち」―テレビ東京系列ほかで、毎週土曜日に放映中
by alfayoko2005
| 2006-07-31 00:21
| ジェンダー・セックス
|
ファン申請 |
||