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月曜評論=「ジェンダー」への介入(上野千鶴子)
2006.09.04 信濃毎日新聞朝刊 日本各地で男女共同参画行政への揺り戻し(バックラッシュ)が強まっている。 今年の一月に東京都が国分寺市の人権講座の講師にノミネートされたわたしに、「ジェンダーフリー(社会的・文化的な性差の解消)という用語を使うかも」というだけの理由で介入した国分寺市事件。この三月に、千葉県議会が県女性センター設置のための条例案を否決して、同県内の三館が事業停止に追いこまれた千葉県議会事件。そして四月に発覚した“福井発焚書坑儒[ふんしょこうじゅ]事件”…。 福井県のケースは県生活学習館「ユー・アイふくい」の開架書棚から、ジェンダー関連の図書百五十三冊が撤去されたという事件である。そのなかに、わたしの著書が共著も含めて十七冊も入っていた。市議らの抗議によって書籍はもとに戻ったが、その後も書籍リストの情報公開をめぐって福井県の迷走が続いた。 * * 自民党が「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクトチーム」をつくったのが二〇〇五年。官房長官に就任する前の安倍晋三氏が座長、現男女共同参画、少子化担当政務官の山谷えり子氏が事務局長を務めた。全国から三千五百の実例が集まった、というが、その大半は根拠の薄弱な伝聞情報。それにもとづいて「ジェンダーフリー」を使わないという内閣府の通達を引き出し、はては「ジェンダー」という文言の削除を要請するにいたった。 第二十期の現日本学術会議には、「学術とジェンダー」の課題別委員会があるが、すでに世界的に確立した学術用語である「ジェンダー」に対する政治的な介入に警戒を強めている。山谷氏に至っては、「無償労働」や「家族経営協定」も不適切と主張している。「家族経営協定」とは、農家の嫁の無償労働の経済評価を求めて、戦後各地の農村ですすめられてきた家族の民主化運動の目標ではなかったか。 一部には男女共同参画社会基本法の改廃をめざす動きもある。基本法は九九年に国会で全会一致で可決されたもの。前文には「二十一世紀の我が国社会を決定する最重要課題」とあるのに、数年のうちに起きたこの揺り戻しは何だろう。 * * ポスト小泉の総裁レースは安倍氏独走と言われている。靖国参拝をめぐって安倍氏のタカ派ぶりが争点になっているが、彼の政治姿勢に危惧[きぐ]を持つのは外交についてばかりではない。女性に人気があるといわれるソフトな外見の背後に、保守的な家族観がある。氏のブレーンといわれる中西輝政、八木秀次、西岡力氏らは、保守系論壇誌の常連執筆者で、「日の丸・君が代」を推進し、「慰安婦」を否認する「新しい歴史教科書」づくりに関係した人たちだ。 歴史のなかには「一歩前進二歩後退」の例がいくらでもある。この三十年、女性を取りまく状況は大きく改善した。今の若い女性は、あたりまえのように大学に進学し、企業で働くことを人生の選択肢のうちに入れ、結婚したからといって退職を強制されず、セクハラを受ければ告発する権利を持っているが、どれも先輩の女性たちが苦闘のなかから手に入れたものだ。既得権と思っているものも、闘って守らなければたやすく失われる。女性が元気になることを、喜ぶ人たちばかりではない。 「女は台所にひっこんでいろ」と言われる時代がまた来るかもしれないと思えば、今度の総裁選のもうひとつの争点は「ジェンダー」だということを忘れないでいたい。 (うえの・ちづこ 東大大学院人文社会系研究科教授)
by alfayoko2005
| 2006-09-11 17:19
| ジェンダー・セックス
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